すっと光が差し、男が憔悴した顔を上げる。 ゆらりと一歩踏み出すと、祈るように諦めるように、もう一度頭(こうべ)を垂れた。 浮かび上がったもうひとりの男のシルエット。彼が、微笑んだように見えた。 男の手からごとりと音をたてて拳銃が落ちた。膝が折れる。 割れる様な拍手が響く。 巴の目から、涙が零れ落ちた。 Ready for Love! 「巴!」 明るい声に呼ばれ、午後の柔らかい光のあたる廊下を早足で歩いていた難波巴は振り向いた。 「亮汰」 他の生徒と話していたらしい幼稚園からの幼馴染み梅田亮汰が、巴を見つけ近づいてくる。 「一旦寮に帰るのか?一緒に行こ」 他の友人と喋っていたんだろうに、そんな風に誘ってくれるのが嬉しかったが、巴はわざとらしく溜息を吐いた。 「……あのなあ、みんなの前で下の名前で呼ぶなってば!」 亮汰は、巴が子どもの頃から女の子みたいな名前をからかわれてきた事を知っているのに。この、男ばっかりの場所でこの名前を呼ぶのは余計に止めて欲しかった。じろりと睨みつけると亮汰は困ったように笑う。 「しょうがないだろ、ずっと"巴"って呼んでんのに、今更“難波”なんて呼べないよ。なんだよ巴、今頃反抗期か?」 「ちーがーう!……も、やめろって!」 わしゃわしゃと髪の毛をかき回してくる手を、振り払ってやった。いつも 亮汰はこんな調子だ。小さい頃の巴は泣き虫で、ずっと亮汰にくっついてたから、同い歳なのに未だにコドモ扱いされてしまう。 「きゃーっ、何二人でじゃれてんの!?宗ちゃんも入れてっv」 「ぎゃあっ!!」 いきなり後ろから腰を抱かれて、思わず変な声をあげてしまった。振り返ると、西成宗太郎がにやにやと人の悪い笑みを浮かべている。 「宗太郎も!これやめろって!!」 「だって巴ちゃんちっちゃくて抱っこしやすいんだもんv」 宗太郎は巴よりも頭1つ分背が高い。なんとかその腕から逃れようともがくが、全然腕が外れない。 廊下を往く他の生徒が、こちらを見て忍び笑いしているのに気づき、巴の顔が赤くなった。 「巴ちゃん言うな!ちっちゃい言うな!もー離せ〜!」 「すりすり」 「アホか〜〜〜!!」 宗太郎とも小学校からの長い付き合いだけが、おねえ言葉で喋る方が性にあってるとか言うちょっと変わったヤツで、いまだに良く分からないところがあるが、亮汰と同じく、巴にはなくてはならない大切な友人だ。 私立ハニーバニー学園は、市街からバスで2時間かかる人里離れた丘陵地に建っている。 この学園の創立者である理事長が、とにかく美しいものを愛しているらしく、芸術に秀でる若者の才能を伸ばすべく、美術科・音楽科・演劇科という3つの学部に分かれた学園を設立し、全国から生徒を集めている。進学率や留学率も高く、文武両道と評判の国内でも珍しい男子校だ。通学も認められているが、ほとんどの生徒が学園の敷地内にある学生寮で生活している。巴達も、この4月から親元を離れ入寮し、忙しい毎日を送っているのだ。 始め、このハニーバニー学園を受験すると亮汰と宗太郎に告げた時は物凄く驚かれたが、次の日に、「オレ達も受験するー」と二人にあっけらかんと言わた時には今度は巴が驚いた。「父さん建築家だしなー。大道具の勉強してェ」と笑う亮汰と「男ばっかりの学校で寮生活なんて面白そう〜♪」とはしゃぐ宗太郎に思い切り呆れ返ったものだったが。今思えば、二人とも巴のことを心配して、滑り止めのつもりで受けてくれたんだと思う。 揃って演劇科を受験したはいいが、三人とも演劇の経験など全くないし、競争率の高い学校だったので、まさか受かるとは思っていなかった。合格発表の時は三人で抱き合って喜んだのだ。 口には出さないが、二人には感謝している。とても心強い。 「おい西成、いい加減離れろ。巴が茹ダコになる」 「赤くなっちゃってかーわいいのvv」 「お前らなあ!人が気にしてることばっか言うんじゃねー!」 「色白は七難隠すって……」 「そんな事言われたって嬉しくねーよッッ!」 「うわあ、ほんっと言うことがジジ臭ェな亮汰は」 「はーなーせ!オレは急いでんだよ!」 やっと宗太郎の腕から抜け出した巴は、持っていた鞄で二人の頭を順番に殴ってやった。 「いて!」 「ちょ、巴ちゃ、暴力はんたーい」 「セクハラはんたーーい!!」 大声で怒鳴り返すと、巴は二人をおいてさっさと歩き出した。 (人のことオモチャにしやがって!) あんな奴等は放っておこう。 そう決めると、背後からの「巴ー」「待ってよ巴ちゃーん」という呼びかけを無視して、真っ直ぐに実習室の棟を目指すのであった。 巴はこの学園に入ってすぐ、演劇部に入部した。入ってみて驚いたのが、演劇専門の科がある学園の、全国大会でも上位に食い込む演劇部だというのに部員が少なかった。授業で舞台の勉強や実習、クラスごとの舞台発表があるので、それで手一杯という生徒が多いようだ。 運動部だと公式試合などで他校との交流もあるので、有り余ったエネルギーと男子校の悲しさをここで発散させる者も少なくない。ハニーバニー学園に入るまで野球をやっていた亮汰も、野球を続けることにした様で、早速練習試合に借り出されていたが、共学校との試合は女の子が観に来ていた、とのほほんと喜んでいた。 実習室棟へと向かう途中、廊下で楽器のケースを抱えた音楽科の一団とすれ違った。皆タイプは違うがビックリするほど顔が綺麗だ。 (なんか……だいぶ見慣れたけど、この学校ってほんと美形が多いよな……) 纏っている空気が自分とは全然違う。ああいう子達がテレビドラマに出てたらそりゃあ女のコから人気出るよなあ、などと、今までは特に見た目を気にした事のなかった巴ですら、コンプレックスらしき居心地の悪さを感じるのだった。 (……でもいくら顔がキレイでもオトコだしなー……。いーなあ亮汰のヤツ……) 巴といえば、この学園に入学してひと月、母や姉達と電話で話したくらいで、女のコなんて見た事も聞いた事もない。 (…………) ちょっと悲しいかも……。 (……まあ、オレは芝居に青春を捧げるんだし!!) うんうんと力強く頷いた瞬間思いっきりけつまづき、通りかかったオトコマエの上級生に笑われてしまった。イーゼルを抱えていたから、きっと美術科の人。 (なんかほんとにオトコマエパラダイスだよ……) 巴はちょっと赤くなった手の甲で頬をこすった。 コの字型の校舎の、3回生棟端っこにある部室のドアを開ける瞬間は、いつもちょっと緊張する。 「おはようございま〜す!」 勢い良くドアを開け、次の瞬間巴はハアと溜息をついた。 (ここにも居たよ、キレイな顔の人たちが……) もう先に来ていた二人の先輩が巴に注目する。 「おはよう。元気だね、難波」 そう言って巴ににっこり笑ってくれたのが、3回生の天王寺綾人。ハニーバニー学園演劇部部長だ。部長が笑うと、彼の周りに大輪のバラでも咲いたような錯覚に捕らわれるから不思議だ。 「江坂先輩、おはようございます!」 もうひとりの先輩にも挨拶をする。2回生の江坂万里は、長い前髪の隙間からちらりと巴を見て、 「うん」 とだけ答え、またすぐ机の上に広げていたノートに目を落としてしまった。……初めの頃はその愛想のなさに驚いたが、最近ちょっと慣れてきた。 江坂先輩は、黒い髪と切れ長の目で声も低く、クールビューティーという形容がぴったり来る。華やかな部長とはタイプが違うが、この二人が並んでいるとかなり迫力がある。 「……何してたんすか?」 一個上の先輩より部長の方が話しかけやすいって変だよな、と思いつつも、巴は天王寺先輩に尋ねてみた。 「ん?江坂が早く来てくれてたから、今度の舞台のイメージをね」 「え!!脚本決まったんですか!?」 「んー、まだなんだけど、やりたいのはいくつかあってさ」 天王寺先輩の周りにまたぱあっと色とりどりのバラが咲く。様に見える。巴は密かに『天王寺部長のバラ光線』と名づけていた。 巴と5歳と3歳離れた姉達が、巴と亮汰をハニーバニー学園の文化祭に連れて行ってくれたのが昨年の事。 『学生演劇とは思えないんだから!あんた達来年受験でしょ?学校見学にもなるし来なさい!』と、ほとんど無理矢理連れ出されたのだ。 それまでは生の舞台なんて、学校に来る地方劇団の芝居しか観たことがなかった巴は、演劇には全く興味がなく、屋台の焼きソバやから揚げなんかを姉達が奢ってくれると言うので仕方なくついて行っただけだった。 学園に併設されている立派なホールに集まった人の多さにまず驚いた。たかが学生の演劇にこんなに観に来る人が居るのかと思っていたら、『業界の人や他県から来てる人もいるのよ』と姉に囁かれまた驚いた。 そして、始まった舞台に、巴は完全に惹き込まれてしまったのだ。 その時主役のひとりを務めていたのが天王寺綾人だった。演劇に関して全くの素人だった巴ですら、彼の放つオーラに圧倒された。舞台に立つ彼の一挙一動に魅了され、舞台が終わった時にはその素晴らしさに巴は号泣してしまったのだ。 自分と大して変わらない年齢の人たちがこんな凄いものを創り上げるなんて。何故か自慢げに「凄かったでしょー」とはしゃぐ姉達に何度も何度も頷いた。 そして、巴は自分も芝居をやってみたくなったのだ。 是非、あの人――天王寺綾人と同じ舞台に立ってみたいと。 始め、憧れの人を目の前にして緊張でまともに喋れなかった巴に、天王寺先輩は驚くほど気さくに接してくれた。 (部長だし、演劇界とか芸能界からも注目されてるって言うし、もっとえらそうな人かと思ってた。そしたらめちゃめちゃ優しーし。なんかオレますますファンだぜ!) 思わずにこにこしていた巴は、突然、バーンと大きな音をたてて開いたドアに飛び上がった。 「おっはよーございまーす!」 不機嫌そうにドアを開けたのは宗太郎。さっさと巴に近づいてくると、後ろから勢い良く抱き付いてきた。 「ぎゃ!!またかよ!」 「巴このヤロ!捕まえた!待ってって言ったのに!」 「だから抱きつくなって!!」 「寮に行くんじゃなかったのかよ。追いかけたのに居ないし」 「行くなんて言った覚えない!」 ぎゃあぎゃあと騒ぐ二人に「はいはいそこまで」と天王寺先輩が止めに入ってきた。 「西成、難波が潰れてるよ。離してあげなさい」 「アヤ先輩〜!巴ってばオレの事さっさと置いてっちゃったんだよ〜。酷くね?」 宗太郎が眉を下げ情けない声を上げたが、付き合いの長い巴にはそれが作り声だってバレバレだ。 「お前が遅いんだよ」 「巴は今芝居に夢中なの。友達蔑ろにしたり掃除当番サボってこっちに来ちゃうほど燃えてんだぜ!」 「バカ、宗太郎、余計な事言うな!ってか部長に対してタメ口の利くのやめろって!!」 「難波、そうなのか?掃除当番……」 低く響いた部長の声にびくりと巴の肩が強張った。天王寺先輩は普段は優しいが、不正とか嘘とか大嫌いでそういうことに関しては容赦がない。 「あ、いえ、違います、ちゃんと、代わって貰って……!」 「おいおい、あんまり難波をいじめるなよー」 そう言いながら部室に入ってきたのは3回生の住之江真守。 「お前ら、そりゃあ役者目指してんだろうけど、声でかすぎ。外まで丸聞こえだよ」 「マモリ君ひでェ!オレ、巴のこといじめたりしてないモン☆」 「西成、何度も言うけど、オレ、マサモリなんだけど……」 「おはようございます住之江先輩!!」 勢い良くお辞儀して頭を上げた巴は、目の前に立つ、身長183センチの住之江先輩のデカさにうっと引いた。巴の腰が引けたことに気づいた住江先輩は、さり気なく後ろに下がってまゆ毛を八の字にして笑った。 「難波、西成に負けんなよー」 「オ、オス!」 「いじめてねえって!」 住之江先輩は身体は大きいが、いつもにこにこしてのんびり喋る物凄い気配りの人だ。 (癒し系だよなー……) 「あ、そうだ。綾人、教室にノート忘れてたよ」 「え?」 声をかけられ天王寺先輩が振り返る。 「数学のノート。明日当たるんだろ?」 「あ、ほんとだ。全然気づかなかった」 住之江先輩は部長に歩み寄ると、はい、とノートを指し出した。 「ありがと」 「部長でもそんなことあるんですね!オレ、部長って何でも完璧なんだと思った」 巴がそう言うと、部長が恥ずかしそうに、 「何それー。オレだっていっぱい失敗するよ」 「綾人はさ、芝居の事考え出すと、全然周りの事見えなくなっちゃうんだよね。教室出る時に、舞台のこと考えてる顔になってたからこりゃ気づいてないなって思って」 住之江先輩のフォローに、部長が苦笑いした。 「あはは、当たり。新しいワークショップの事考えてた。なんだよ真守、その時に言ってよー」 「呼んだけど綾人が行っちゃったんだよ。ほんと芝居バカだよな」 「お、褒められた」 「褒めてないんだけど」 笑い合う天王寺部長と住之江先輩はとても仲が良い。名前で呼び合っているし寮も同室だ。大道具が専門の住之江先輩だが、昨年の舞台で天王寺部長の相手役を務めていたのが彼だ。 (冗談でも天王寺部長を“バカ”呼ばわりできるのなんて住之江先輩だけだよなー) 見た目には、二十日鼠と人間、っていうか、美女と野獣なんだけど。 巴が思わずクスリと笑った瞬間。 「部長、早く始めたらどうですか」 鋭い声に全員が振り返った。 江坂先輩が前髪の下から睨むようにこちらを見ている。 (ひい!!) 固まる巴たち3人。天王寺部長だけは気にした風もなく、 「あーごめんごめん。じゃあ……、まだ全員来てないけど、着替えて練習始めよっか」 部長にそう促され、巴は慌てて立ち上がった。宗太郎も首をすくめる。 「万里先輩こえー。いーじゃんちょっとくらい」 「江坂は超合理主義だから……。無駄な時間が嫌いなんだよ。じゃ、オレ机片すな」 そう言って住之江先輩は稽古のスペースを空ける為、机と椅子を動かし始めた。 ハニーバニー学園の学生寮は、学園の敷地内に3棟、学科ごとに建てられている。 食堂は夕食をとる寮生達で溢れかえっていた。賑やかな雰囲気を巴は気に入っている。 「巴は連休どうする?家に帰るのか?」 部活でだいぶおなかを空かせていたらしい亮汰が、夕食のハンバーグを口いっぱい頬張りながら、向かい席でサラダをつつく巴に尋ねる。 「んーどうしようかなー。姉ちゃん達は帰って来いってうるさいけど。まだ決めてない。亮汰は?」 「オレは練習試合あるからなー。それが終わったら帰ると思うけど」 「だよな、オレももし部で練習するんなら残るし。一回部長に聞いてみる」 「帰るなら一緒に帰ろうぜ。西成はどうすんのかな?」 「さあ?知らねー。そういやどこ行ったんだあいつ。夕飯要らないのかな」 「……おい、ニンジン残すなよ」 「うー……。亮汰食ってよ……」 亮汰とそんな話をしていると、「ここいい?」と男にしては高い声で話しかけられた。顔を上げると、巴と同じクラスの阿倍野悠祐だった。巴が返事をしないうちに阿倍野はさっさと座ってしまう。 「なあ、難波って演劇部入ってんだろ?天王寺さんってどんな人?」 ぐいっと顔を近づけられて、巴はちょっと仰け反った。 「どんな人って……。優しいよ?」 「そーなの!?なんか物凄い怖い人だって聞いたけど」 「部長は全然怖くないよ」 「マジ?あのさ、天王寺さんって美形じゃん?あの人見てるとオレ、衣装とか色々モチーフが浮かぶんだよね〜♪」 大きな眼をくりくりさせながら話す阿倍野悠祐は、小道具や衣装を考えるのが大好きだそうだ。 「じゃあさ、見学に来ればいいよ。天王寺先輩は凄く良い人だから。怖いって言ったら……」 江坂の顔が浮かび、巴は苦笑いした。 「とにかく、部長は全然怖くないから。阿倍野君も演劇部入りなよ!」 うーん、と阿倍野は小首を傾げた。ムースでツンツンに固めているのであろう髪がぴょこりと揺れる。 「どーしよかっな。オレと同室の深江サンは、絶対演劇部は止めとけっつたんだよネー。ま、見学くらい行ってやってもいーけど」 「ハハハ。なんでお前そんなエラソーなの」 亮汰の言葉に、阿倍野がむっと口を曲げる。と、 「甘いなお前ら……」 背後からの這うような声に、巴と阿倍野は驚いて振り返った。影を背負って立っていたのは。 「深江サン……。何?聞いてたの?怖ェよ」 「バカ阿倍野、本当に怖いのはオレじゃない。お前はまだ天王寺さんの恐ろしさを知らねェんだよ」 「どーいうことスか?」 聞き捨てならないセリフに巴はちょっと眉を寄せた。深江さんは素早く辺りを見回し、ちょいちょいと巴たちを手招きをする。寮の食堂で4人が怪しく顔を寄せ合う怪しい絵のできあがりだ。 「なんで今年の演劇部に人数が少ないか分かるか?」 「え……」 「みんな、クラブくらいは他の事やりたいからじゃないスか?オレも野球にしたし」 「違うよ!!」 深江さんの口から唾が飛び、「うわ!!」と亮汰が飛び退く。 「天王寺さんが怖いからだよ!!本格的な稽古になったらわかるぜ。あの人、芝居の事となると人が変わるからな。講師連中なんて目じゃないぞ。オレ、去年何度泣いたことか……」 「……マジ?」 「芝居、っていうか、人としてやっていく自信を失くす……」 ぼそりと呟かれた言葉に、全員がごくりと息を呑んだ。 「連休明けをお楽しみに、だ……」 ウフフ、ウフフ、と笑いながら、深江さんは食べ終えたトレーを持ってフラフラと去って行った。 その様子に、普段呑気な亮汰もすっかり毒気を抜かれたらしく、 「深江さんって去年の舞台に出てたよな。よっぽど恐ろしい目にあったんかな〜」 と首を竦めた。 巴は、掃除をサボった事がバレた時の天王寺先輩の笑っていない目を思い出し、ぶるっと震えた。 (もー!宗太郎のヤツどこ行ったんだよ……!) 昼休み、巴は宗太郎を探して校舎をあちこち回っていた。宗太郎に貸しっぱなしになっている教科書を午後一に使うことを思い出し、返してもらおうと探しているのだが見当たらない。 (まさか部室ってことはないよなー) と思いつつ、他に思い当たる所もなく、巴はとことこと階段を登る。 昼休みの実習室棟はひっそりとしている。 (やっぱり居ないかな……?) 廊下を曲がって、巴は「あれ」と呟いた。部室のドアが開きっぱなしだ。話し声もする。 (宗太郎?) 何気なくひょいと覗き込んで、巴は声を上げそうになった。 そこに居たのは二人。背の高い方が低い方の腰に手を回し、首に腕を絡めて、お互いの顔をくっつけている。 どう見ても、キス、している。 男同士で。 (うわあああああああああ!!!) 心の中で絶叫した。 (男子校にはホモが居るっていうのは本当だったのか……!!) その場を離れた方がいいと思いつつ、生キスシーンなんて初めて見る巴は、どきどきしながらついつい観察してしまう。 「ん……」 鼻にかかったような甘ったるい声が聞こえ、巴の心臓が飛び出しそうになる。次の瞬間、ふたりの体勢が変わり、覆いかぶさられている方の顔が見えた。 一旦相手から顔を離し、ぺろりと唇を舐め上げたのは。 そ。 そ。 (そ、そそそ宗太郎ーーーーーーーーー!!!?) 宗太郎が、キスしている。 ……オトコ、と。 ショックの余り、巴はドアの陰にへなへなとへたりこんでしまった。 ぴちゃり、と、何の音だか考えたくない卑猥な水音が、した。巴の顔に一気に血が集まる。 (ぎゃああああ!!何の音ーーーー!!!) 「……じゃ、これでオワカレってことでvv」 甘えるような、でもきっぱりとした宗太郎の声。 気配が動いた。バン!!と何かを殴る音に巴の肩がびくりとなる。 (……うわ!!こっち来る!!) あわわわと慌てて小さくなってドアの陰に隠れる。足早に出て行ったのは、なんと現国の都島先生だった。 「デバガメかよ、巴ちゃ〜ん」 「ひっ」 恐る恐る顔をあげると、目の前ににやにやと楽しそうに笑う宗太郎が巴を覗き込むように立っていた。 「ほら、座りこんでないで、部室入ろうぜえvv」 がしりと腕を捕まれすっかり焦った。 「ああああの宗太郎、オレ、覗き見とか、するつもりじゃなかったし、あのそのなんにも見てないっていうかー」 どもりながら言い訳する巴に、宗太郎が爆笑した。 「見てないって思いっきり見てんじゃん!バレバレだよ巴!ってかオレがバレちゃったよ!!」 腹を抱えてひとしきり笑ってから、「ほら、立てよ」と、巴の腕を引っ張って立たせてくれた。 そして、宗太郎は巴をまっすぐ見て、にこりと笑った。 「オレ、ゲイなのvv」 あっけらかんと告白してくる宗太郎に脱力する。 「…………みたいだな」 「ビックリした?」 「かなり。いつから?」 「多分、生まれた時からね〜」 「……全然気づかなかった」 「巴ちゃんには言うつもりなかったからvv」 「……宗太郎、前カノジョいたじゃん」 「んー、付き合ってみたらなんとかなるかなって。でもならんかった。男オンリーみたいvv」 多分、宗太郎を見あげる自分の顔は最高に情けないだろう。見せたくない。そう思い少しだけ俯いた。 「……さっきの、都島センセイだろ?」 「ん、入学してからすぐくらいから付き合ってた。昨日の夜別れようって切り出した。で、今別れた」 さらりと言う宗太郎にこっちが言葉を失う。 「最後にちゅうvvさせてくれって煩くてさ〜、未練残らないようにべろちゅうかましてあげてたのvvしたら巴来ちゃうんだもん。宗ちゃん焦っちゃった〜vv」 「それのどこが焦ってんだよ!!オレの方が焦ったよ!」 ぶすくれる巴を、宗太郎は面白そうに見ている。 「気持ち悪い?」 「え?」 「昔からつるんでたダチがホモで、気持ち悪い?」 「な……に言って!!」 頭にきた。すごく頭にきた。 大事なこと隠しといて、いうに事欠いて「気持ち悪いか」だと!? 巴は宗太郎の胸倉をぐわしと掴んだ。 「ふざけんな!気持ち悪くないよ!!ホモだろうがオカマだろうが宇宙人だろうが宗太郎は宗太郎だろ!!」 「……宗ちゃんオカマや宇宙人でわないけれど〜」 「うっさい!!おれを見くびってんじゃない!それより“ホモ迫害されるかもしれないと思って黙っててごめん難波君”って言え!!」 はあはあと肩で息をする。きっと今、自分の顔は真っ赤だ。 目を丸くして巴を数秒見つめたあと、ぶーっと宗太郎が噴出した。 「あっはははは。ほんと巴って最高!」 「んだよ!笑うなよ!」 殴ってやろうかと上げた右手が宗太郎に掴まれ、ゆっくり引き寄せられる。 「黙っててごめん、巴」 思いがけず真剣な瞳に、巴の方こそ極まりが悪くなってしまった。 「や、や。いいけどさ……。オレも、ずっと一緒に居たのに、気づかなくて、ごめん」 「……巴はいいコだね」 宗太郎の細い綺麗な指が巴の髪を梳く。なんだか今までの宗太郎と雰囲気が違うように思えて、俯いてしまう。 「なー、巴〜」 「……何」 「実はオレさ〜、好きな人いんの〜」 「は!?」 ビックリして顔をあげると、目の前に宗太郎の顔。凄い近くてまたビックリする。 「本気で落とそうと思って。だからミヤちゃんと別れたんだわ」 「……誰?」 宗太郎の目が、不思議な色に変わった。 「亮汰」 「え」 「梅田亮汰が好きナンデス」 ……亮汰? 「協力してくれる?」 |
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